兵役検査

明治以前は士農工商と別れていたが、明治初めに徴兵令が施行せられ、満二十才になれば、兵役の義務が課せられ、徴兵検査を受けねばならぬようになった。(上級学校等へ入学中の者は徴兵延期の方法もあった)
 徴兵検査は、大体毎年五月頃に行われ、当地方は田辺の軍会議事堂(現在税務署の東隣にあった)で行われた。
 各村毎に村長・村役場兵事主任・小学校長・在郷軍人分会長等に付添われ、指示された日時に集合。徴兵官と言う陸軍の偉い人(大佐)・県の係官・軍医(軍の医者)・下士官が居並び、各受検町村長も列席された中で、訓示注意を受け開始される。
 別の所で、学校長さんによる算術国語の試験、そして検査場に戻り、全員裸になる。只、恥部の前に巾三〇糎、長さ五〇糎位の褌垂らす。
 身長・胸囲・体重・視力・聴力について軍医の診察があり、終われば服装を整え、徴兵官の前に出て、廻ってきた検査書類を見て、君は甲種、乙種、丙種、丁種と宣言せらる。
 甲種 兵隊として入営する。(くじ逃れもある)
 乙種 第一第二と別れ、共に補充兵となり、入営はしなかった。
 丙種 国民兵になり入営はない。
 丁種 甲種になることが男の本懐であり、誇りであった。上秋津村は郡内でも甲種合格率は一、二の優秀村であった。
 甲種合格者には後日兵種入営先が指示される。
兵種(陸軍)歩兵 騎兵 砲兵 工兵 航空兵 輜重兵(本科特務兵) 衛生兵等
  (海軍)水平 機関兵 電信兵 其の他

入営した主な処
 和歌山歩兵第六十一聨隊
 朝鮮歩兵第七十七聨隊(平壌)国境守備隊へも
 朝鮮歩兵第七十八聨隊(龍山)国境守備隊へも
 近衛歩兵第一・第四聨隊(東京)
 大阪信太山野砲隊
 大阪工兵大隊(高槻)
 呉海兵団
 大阪輜重大隊
 深山重砲聨隊(加太町)
 以上は平時に於ける大体の状態であるも、細かいことについては知らないし、多岐にわたるもので省略します。






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1984年発行の、『ふるさと上秋津 ー古老は語る−』を、2009年秋津野マルチメディア班がWeb版に復刻いたしました。

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