もらい風呂

 今では各家では毎晩風呂を焚いて入浴しているが、昔は風呂を焚くと近所へ「風呂あるから入りに来てよ」と触れ廻る。夕食を済まして一寸休んでから吊り提灯をともして「おしまい(今晩は)風呂ようお焚き」と入浴に行く。その宅には数人、多い時はそれ以上の人が集まって入浴の順番を待つ。入浴すると主婦は一人一人湯加減を問いに行き、熱ければ井戸水貯め水をバケツで汲んで来てくれ、ぬるければ焚き履物を揃え、「お湯つくら」と云って来る。子供も大人に連れられて行き、女の方はおそく行くので、そして大勢の方が寄り集まって世間話や情報意見の交換、又一つの楽しみの場でもあり、よく風呂入り話云々と言った。
 当時、風呂は家の入口にあり、洗場なんかは殆どなく、石鹸の使用も殆どせず、若い女の人が、時に米糠を袋に入れて体を洗っていた。

 風呂は、
一、 横風呂(木の桶で横に焚口があり、へそ風呂とも言った。)
二、 五右ヱ門風呂(木の桶で下[底]に焚口[かま]があり、石とか煉瓦で積んで焚口を作り、それで風呂の中にゲス[底板]を入れて直接釜にあたらないようにしている。)
三、 金風呂(風呂は全部金で作り、焚口や風呂の周りは煉瓦で積み上げ、セメントで張りつめて、下から焚いた。此の風呂や、五右ヱ門風呂は、焚口より釜の火にあたる部分が大きいので早く温り、薪の節約となった。)


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1984年発行の、『ふるさと上秋津 ー古老は語る−』を、2009年秋津野マルチメディア班がWeb版に復刻いたしました。

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