●伝説の味は復活するか
「風味が、何とも言えなかった。あれが、『ほんまもん』の味なんだと思うんです。もう一度、食べてみたいですね」。
上秋津に生まれ育った50歳代以上の住民ならば、大豆のほのかな香りと濃厚な味わいの豆腐を、懐かしさとともに思い出すに違いない。上秋津のひとたちが愛し、親しんだ白い豆腐は、水分が少なく、それこそ「紐で縛ることができる」ような木綿豆腐であった。岩内地区には、1キロメートルほどの距離の道の「上と下」に3軒の豆腐店と、コンニャクを売る1軒の店が、ずいぶん長い間あった。最後の一軒が店を閉めたのは、1990年代も後半、ごく最近のことである。この地域では、以前は田畑の畦などに大豆が植えられていた。そして、どこの家庭でも味噌をつくっていた。いまでも味噌は自分の手で、というひとたちがいる。限られたひとつの集落内に二軒あった豆腐店は、そうした大豆栽培と豆文化を背景に生まれたといえるかも知れない。
長野県との県境に近い山間に、愛知県・足助町がある。人口約1万人のこの町は、太平洋と日本あすけ
海を結ぶ、「塩の道」中馬街道の宿場町であった。この町を有名にしたのは、過疎化が進むなかで、一九七〇年代後半にいちはやく「保全を開発と信ずる町」を掲げて、歴史的環境、文化的景観の保全に取り組み、すぐれた観光地として再生したことである。そして、住民が住みやすい活力ある地域コミュニティづくりをめざし、高齢者の生きがいの場をととのえ、伝統的なモノづくりの技術やこころを伝える「三州足助屋敷」を開設した。定年退職した男性らでハム・ソーセージを生産している「Z
i Z i 工房」の年間の売り上げは一億円を超し、町の貴重な産業に成長した。「足助屋敷」には、傘や竹細工などの職人として技術を磨く若者たちのすがたがある。
足助町は足助川、巴川という二つの川が流れる「水の町」である。町中を歩くと、豆腐店の多いことに気づく。紅葉の名所で年間220万人を超える観光客が訪れるこの町の景勝の地・香嵐渓の「足助屋敷」には、製法と素材にこだわった豆腐料理の店がある。看板に偽りなしの「あれも豆腐これもとうふ」である。「くみ豆腐」「田楽」「おから入りみそ汁」「豆腐アイスクリーム」、数えあげればどれくらいの種類になるのだろうか。 水が生み育む、食と食を中心とする文化が、この町を水が美しい、うるおいのある土地に仕立て上げる。「湧水のまち」として知られる福井県大野市、この町の自慢は「名水」でつくられる「名水豆腐」である。地域づくり会社「平成大野屋」のギフトカタログには「豆腐セット」がでんと載っており、県内外の消費者に好評だ。
地域の資産を掘り起こすということは、暮らしのなかにあるものを大切にすることに違いない。
大量生産、大量消費の時代のなかで、いま、手作りに対する関心が高まる。生産者の顔が見える野菜やくだものが、消費者の支持を獲得しつつある。上秋津の水と食について、もっと語ろう。消えた豆腐への郷愁とともに、聞こえてくる声がある。出てこい豆腐職人!
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